09«1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»11

World Time

最近の記事

カテゴリー

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

日々想うコト

趣味(単車、旅etc・・・)、仕事、時事等々、独り言をつらつらと書き留めておきますか。

スポンサーサイト

--.--.--/--/--:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ: スポンサー広告
tb: -- |  cm: --
go page top

 

公的機関のあり方

2007.01.29/Mon/21:08:24

 先の「APAと不二家」を書かせて頂いた後に、「千葉県のR100GSパリダカ」氏よりコメントを頂いた。
 ありがとうございます。

 一つは行きつけのAUFWINDについて。

 道内ではそれなりに名の通ったお店だとは知っていたが、道外の方にも知られたお店だとは思わなかった。
 考えてみれば、AUFがメインに扱っているBMWは、ツーリングで真価を発揮するバイクだし、ツーリングと言えば聖地とも言われる北海道だろうから、BMWで上陸してくるツアラーには知られた頼れるショップなのだろう。納得。


 さて、もう一つが食の安全についてだ。

 文の中で、役所の検査について書かれているが、正しくその通りだと思う。
 私は氏とは業界は異なるので、食品業界については詳しくないが、恐らくどの業界においても役所とはそのようなものだろう。

 それは、日本の役所が最も重視しているのが、規制や検査などではなく、許認可権のみだからだ。
 規制も重視していると異を唱える方もいるかと思うが、私は、単に欧米での実施内容を見て、許認可権益に発展しそうなものを優先的に導入しているようにしか見えない。
 これは、真の意味で規制を定めることに注力しているとは言えないだろうと思う。

 さて、この許認可権だが、与えられないと当該事業を営むことが出来ず、かと言って、与えられた側の違反が判明したとしても当該企業の許認可取り消しのみで、基本的に与えた役所側の責は一切問われないという、言い換えれば「責任や義務など一切無しに、生殺与奪の権力のみを与えられているという役所に取って最高に都合が良い制度だ。

 以前、規制緩和などという言葉が流行ったが、私は、必要な規制は緩和すべきではないし、新しい産業が勃興し、新しい化学物質が絶え間なく生み出される現在、まだまだ規制すべき分野などは次々沢山あると思っている。

 緩和すべきは、規制ではなく、許認可制度そのものなのだ。

 元々、役所という組織自体、専門性が無い故に、申請される内容が実態に即しているのか否か、それが正しいのか否かを判断する能力は無いに等しい。
 従って、許認可を与える判断条件とは、書類が整っていることを意味しているに過ぎず、許可を与えるに要する時間(ビジネス上はこちらも大切な要件なのだが)については、それが意図的であれ恣意的であれ、担当者のさじ加減一つだ。

 こんな許認可に、どれだけの意味があるというのだろうか?

 私は、公的機関が行うべきは大変大枠な言い方になるが、以下の2点だろうと考えている。

1,論理的且つ、公正な遵守すべき基準の設定
2,設定された基準の遵守状況の監視並びに、違反時の徹底した検査

 要は、意味のある規制の設定と遵守だけだ。

 ルールが定まった以上、規制される側は遵守すべく取り組んでいくことを求められる。
 不正を犯した場合には、これまでの様に許認可剥奪など画一的に裁くのではなく、発生状況の調査・分析にこそ大きなコストを割り割いて、何故、発生したのか、再発防止には何が有効かなどを徹底的に検証した上で、違反事由の軽重や社会への影響度等によっては、経営トップまで含めた関係者への刑事罰や、当該企業に実ダメージがあるような金銭的処罰で対応するのが良いと思うのだが。

 特に、事の善悪は承知の上で、利益重視の果てに招いたような不正に対しては、トップの実刑は勿論、当該企業を即精算しても賄えないような金銭的ペナルティを課すのも有りだと思う。(いわゆる懲罰的制裁の一種だが、米国のように、一個人(と守銭奴弁護士)による言いがかりの果ての訴え得は認めないのは当然だ。)

 然し、今でも直接的な懲罰はないにしろ、業務上何らかの不祥事を起こした企業に対して、不買運動やイメージダウンによって、実質的に解体に追い込まれたケースは少なくない。
 だが、その企業に対して許認可を下したこと自体が問われて、役人が訴追されたなどという話は聞いたことが無い。

 繰り返すが、規制は間違いなくあるべきだが、許認可とは規制の遵守に対して効果的だから存在しているのではなく、役人の地位や既得権の保全(もちろん天下り先の確保も含む)のみの為に存在していることをもっと認識すべきだ。

 ちなみに、規制緩和の語源は「Deregulation」と言われているが、この単語の意味に緩和といったニュアンスは無い。
 中辞典で引くと「統制撤廃」とある。
 統制と規制、撤廃と緩和、統制とは目的であり、規制とは手段である。
 撤廃とは無くすことが前提であり、緩和とはあることが前提である。
 統制という語句をそのまま残しておくと、これは目的を意味するために、次には具体的な手段に対する議論になりかねない。
 これは、許認可という<手段>がクローズアップされる可能性が俄然出てくるが、既に<規制>という言葉に変えているだけ、手段に焦点が当たった以上、同じレベルの許認可に目が行く可能性は少なくなる。
 撤廃と緩和は言うまでもない。

 訳し方一つ変えただけで、本質をここまで見事に変える。
 役人とは本当に小狡い頭は働くものだとつくづく思う。

にほんブログ村のランキングに参加しました。
ポチッとしてくれると嬉しいです。ご協力お願いします。m(_ _)m
にほんブログ村 バイクブログへ
にほんブログ村
カテゴリ:
tb: 0 |  cm: 0
go page top

 

この記事に対するコメント

go page top

 

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

go page top

 

トラックバック

トラックバックURL
→http://toyozi.blog50.fc2.com/tb.php/35-c2e6b643
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
go page top

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。